『おもいで草々』 5話

【砥石】
うすねずみ色の長方形をした、数種類の砥石が、いつも家のどこかにあった。
子供心に刃物をよく切れるように研ぐ道具なんだと思っていた。
あんな長四角の石を、父(目呂二)は大切に扱っていた。
砥石を跨いではいけない、重いから落とすと割れる。
そして“粗砥(アラト)、中砥(ナカト)、仕上げ砥(シアゲト)、鎌砥(カマト)”それぞれの使い方を、教えるともなく話してくれた。  
丸鑿(マルノミ)を砥いだ砥石の横腹に、何本もの線を引いたような筋が出来ていて、石にも絵が画けるんだな、と水を垂らした砥石の上を刃物が静かに動くのを見ていた。
ときどき、刃を目の高さに持ち上げ、出来ばえを調べていた。
砥石を見る度に、何十年も昔の父の仕草が甦る。
見よう見まねで私は、お勝手の葉切包丁や出刃包丁、切出し小刀を砥いでいる。
草刈鎌は、裏は平面に、表は傾斜をつける片刃に仕上げる。
何でも機械化している昨今、雑念を忘れて刃物と向き合う。
大切なことだと、ひと昔前をなつかしんでいる。    
(K.ソロ)

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