【古い記憶】
大正12年、関東大震災のとき、私は神田神明町で生まれた。
父は密集した街の災害を目前にし、郊外の広い土地に平屋を建てることにした。
池袋からだいぶ北に入った処で、周囲は畑と雑草の生い茂った野原の中に、二階のない広い家が出来た。
あの頃は省線(山手線)の駅前に、タクシーでなく人力車とその車夫が客待ちをしていた。
その人力車で父の膝に抱かれ、その父の足もとには犬も一緒に乗っていた。
幼い私にはこの犬がとても大きく、今思うと長毛のゴールデンレトリバーであったようだ。
なぜ猫でなく犬であったのかわからない。
人力車に乗ったときの、父の膝と犬の温もりがなつかしく、80数年も昔のあの日がよみがえってくる。
ちなみにこの犬の名は“モーフ”(毛布)であった。
父に守られていた安心感に満ちた、一番古いなつかしい記憶である。
(K・ソロ)
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